天才ニートくんの人生回顧録

W大学卒業後、ブラック企業退職を経て、借金200万の限界ニートです

第6話 初のクラス落ち

塾のクラスで自分よりも頭のいい連中に囲まれ、劣等感を感じていたニートくん。


成績もすぐには伸びず、試験では毎回下位20%程度を彷徨っていた。


日能研は、2~3か月に一度クラス替えがあるのだが、入塾してからちょうど1年経ち、


新5年生になったニートくんは、塾のフリースペースに張り出されたクラス発表の紙を


見て、ひどく落ち込むこととなる。


1年経ち、新5年生となったタイミングで上から2番目のクラスに落ちてしまったのだ。


成績の低迷もあり、遅かれ早かれ覚悟はしていたが、とうとう来たかと。


また8割方知らない子たちの中に入れられ、最初のうちはアウェイ感を感じなければ


いけないこともあり、不安でいっぱいだったニートくん。




一方、同じ小学校で、日能研に通っていたS君は私とちょうど入れ替わりで上のクラスに


上がることとなっていた。


翌日小学校でS君に「こいつ塾で俺より下のクラスなんだぜ!」と言いふらされた。


私は塾のクラスの上下を小学校の子たちに話すことは、連中にとっても興味がない


だろうし、下の方は嫌な気持ちになるだろうと考えていたため、S君が下のクラスの


時には小学校の子たちには塾のクラス事情なんて野暮な話はしないという配慮をしていた。


しかし、S君はクラスが逆転した途端、言いふらし始めたのだ。


小学5年生のニートくんは決意した。また元の上のクラスに戻って必ずこいつを〇すと。


もちろん成績的な意味で。




1番上のクラスから2番目のクラスに落ち、新クラスで授業、テストを受ける日々が


スタートした。そこで感じたのは先生たちの教え方が1番上のクラスを受け持つ先生たち


よりも分かりやすかったことだ。


もちろん、授業中に扱う問題の難易度は上のクラスよりも劣るのであるが、一つ一つの


問題を丁寧にかみ砕いて教えてくれる。なるほど、私はまだ一番上のクラスの子たちほど


授業中の理解度も高くないし、無理して授業に付いていっているだけだったのだ。


テストを受けても、1番上のクラスだった時にはほぼいつもケツから数えたほうが早かった


のに対し、上から2番目のクラスではほとんど毎回1位か悪くて2位だった。


それにより、自分に失われていた自信も良い意味で取り戻すことができた。


自信を取り戻すと同時に、あまり振るわなかった試験でも1位か2位であったため、今度は


この環境に居続けるのも良くないと捉え、危機感を感じるようになり、今まで以上に


一生懸命勉強に励むようになった。


具体的には、算数のテキストでいうと、基礎問題、基本問題、応用問題とあるうち、


基本問題までを毎週すべて解けるようにする。(応用問題は1番上のクラスでも簡単には


解けないため)


同等の努力を他教科においても実践したことで、次回のクラス替えでは晴れて一番上の


クラスに返り咲くことができた。この辺りから、中学受験が終わる小学6年生2月まで


一度も小学校の同級生とは放課後遊ぶことはなくなっていた。そのくらい本気になって


いた。




小学5年生の最初に一度クラス落ちしたことは、中学受験を振り返ったうえで、非常に


重要な経験だったと思う。今まで漠然とハイレベルな授業についていき、ついていけている


のかもわからないまま試験を受け、結果が出ず、もがいていたニートくん。


そんな自分に何が足りないのかを客観的に見つめ直すことができ、また、自信を取り戻す


と共にこのままぬるま湯に浸かってはいけないという危機感も感じることができた。




2軍でのリハビリ生活を終えて(言い方不適切だったらごめんなさい)、1軍のクラスに


舞い戻ったニートくん小学5年生。次回は、その後の受験生活についてまた書き綴っていく


ことにする。




以上